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その日、小学4年生のその少年は
夏休みにもかかわらず憂鬱な気分を抱え
かつ戦々恐々としていた。
厳格な父からとある夏休みミッションを
授かったのだ。
「秋田の○○さんの所に一人で行ってこい」
それがそのミッションだった。
もちろん一人旅など経験は皆無
バスや鈍行列車ならともかく
特急列車に一人で
乗ったこともない少年は心底
厄介な事になったなぁと頭を抱えていた。
確か怖い顔したタバコ臭い制服着た
車掌さんに検札とかされるんだよなぁ
尋問とかされたらどうしよう
※国鉄時代、駅員さんは一様に怖い印象だったのです
つまらない心配事を抱えつつ
仙台駅特急ホームには父に連れられてきた。
チケットを手渡され
「盛岡で田沢湖線に乗り換えだからな」
それだけ教わり特急列車に押し込まれた。
ヤニ臭い車内に乗り込み自分の座席を探す。
チケットを手に謎の暗号のような
シートNo.を見つける作業は
少年とって難易度はさほど高くない
毎年両親の実家である東京を訪ねる際
座席探しを率先してやっていたからだ。
座席はすぐに見つかり
窓際の席に収まった。
隣の席に誰も来なきゃいいなぁ…
と思っていたが、サラリーマンと思しき
中年男性が直ぐにやって来て
立ったまま荷物を棚にドサドサと
無造作に載せていく。
こんな時って挨拶とかしないと
いけないのかなぁ?
つまらないことを気にかけていると
隣に腰をかけた男性の方から
話しかけられた。
男性
「お兄ちゃん一人かい?おかぁさんは?」
少年
「一人でこれから秋田に行くんです」
緊張して声はうわずってしまったが
キチンと受け答えできた事に
ホッと胸を撫で下ろした。
「へぇーーーそりゃ凄いな!」
「そりゃ凄い!親御さんも大したもんだ」
父親が褒められている事に
何やら微妙な違和感があったけれど
不安な気持ちを悟られまいと
「はい!頑張ります」かな?
「いえそれほどでもありません」かな?
次の返答を考えているうちに
隣の男性は新聞を読み始めてしまったため
会話は途切れるのだった。
当時、仙台ー秋田は東北本線に乗り
盛岡まで行き、そこで田沢湖線という
ローカル列車に乗り換えるという
大人でもたいそうな長旅だった。
仙台ー盛岡は約二時間の乗車田沢湖線では
三時間を超える乗車が待っている。
いつ車掌が来ても大丈夫なように
常にチケットを握りしめていたため
手が疲れてきた。
そんなタイミングで隣の男性が
ビールを飲み始めお菓子を食べ始めた。
何を食べているのか気になったものだが
それを悟られまいとずっと車窓を向き続けた
「おにいちゃん食べるかい?」
男性から話しかけられたが
知らない人から物を貰っちゃいけない
そんな言いつけが頭に浮かび素直に
もらう事はできなかった。
そんなやりとりの後、コツコツと
足音が近づき検札に車掌がやってきた。
握りしめていた切符を渡すと
一つの試練を乗り越えたような達成感があった。
乗車前まで心配していた尋問はなく
返って不安になり
盛岡での乗り換えを聞いてみた。
「田沢湖線にはどうやって乗り換えるのですか?」
「ホームに出たら階段を登って左に行って」
説明は暗記できたがイメージがつかなかった
「まぁ分からなかったら誰かに聞けばなんとかなるから」
と言いつつもクシャクシャの紙を懐から
取り出し簡単な見取り図を書いてくれた。
車掌さんはイメージとは違い優しかった。
ここからはもう一つの不安が頭から
離れなくなった。
知らない人と話しちゃいけないって
いっつも言われてるけど
こっちからは話しかけてもいいのかな?
話しかけなきゃ行き方は教えてもらえないし
でも、知らない人にどう話しかけたら
いいんだろう?
迷ったらどうなっちゃうんだろ?
迷子呼ばわりされるのは恥ずかしいなぁ…
葛藤と不安が交互に少年の思考を襲い
気付けばまもなく盛岡到着である。
右も左も分からないまま旅をさせられ
勝手に追い詰められて行く少年だった。
列車を降りると車掌さんから
頂いたメモを頼りに階段を登り左手に向かう
すると…『田沢湖線こちら』
という大きな看板が現れた。
救われた思いでその看板通り進んで行くと
難なく田沢湖線のホームまで
辿り着けてしまった。
「あぁ凄い!全然大丈夫じゃん!」
自らを奮い立たせ勢い勇んで
列車を降りた事が少し恥ずかしくなった。
田沢湖線の車内では夏休みの帰省だという
大学生のお兄さんと同席する事になった。
(道の駅八森)
とても話しやすいお兄さんで
TVアニメの話で打ち解けてゆく。
ここまでの経緯を聞かれ
受け答えをしているとやはり
「いやーお父さん凄いなぁ」
と、またもや父を褒めている。
(道の駅はちもりおとのみず)
何が凄いのか少年に理解する事は
できなかったけれど
どうやら僕のお父さんは凄いのかも知れない
と、思うようになっていた。
(キャンプ場隣接の産直ぶりこ)
田沢湖線の車内では冷凍みかんを
貰ったり、お兄さんと将棋をしたり
何一つストレスなく楽しく過ごせていた。
到着地の同じというこのお兄さんのお陰で
その後は引率してもらい
(キャンプ場より7分のイカ屋さん)
難なく秋田駅に到着となった。
ホームには何度か会った事のある
父の部下が迎えにきており
それはそれは歓待された。
「よく一人でこれたねぇ凄いねぇ」
(イカ屋さんで仕入れたイカのゴロ刺し)
それより三日間はこの人の家で
過ごさせてもらい
色んな所に連れて行ってもらった。
秋田っていいとこだなぁ
いつしか少年はこの土地が好きになっていた
最終日の事、父と合流をし
今日は皆んなで海に行くからと伝えられ
心待ちにその時を待つ
ところが…
いっこうに出発時間が来ない
いつになったら出かけるんだろう?
昼食を食べ終わると
やっと出発となった。
もうこんな時間だから大して
遊べそうにないかもなぁ
到着は午後二時
松林の中にシートを敷き詰め
大人達は荷物を運び終えると
おもむろに寝っ転がり昼寝を始めた。
ウッソ!せっかく来たのに昼寝なの?
私も無理矢理に寝かされるのだが
全く寝付けない。
一、二時間ほどの昼寝が終わると
既に日は傾き始めていた。
この時間からなら日焼けし過ぎないから
安心して海で泳げるからと言われた。
夕刻の海水浴は初めてだったけれど
スイカを割り、よく笑い
それはそれは楽しい時間
そして訪れた日没の時間が凄かった。
とにかく凄かった。
少年にとって生まれて初めての
日本海の夕陽は
かつて見た事がないほどのもの
全てを染めるオレンジ一色の世界は
自然とは美しいものと自ら認識する
初めての経験となり
事あるごとに思い出す記憶の一つ。
あれから40年以上が経った。
かつて少年時代に観た
感動のあの夕陽が
今、変わらず目の前にあるような気がした。
記憶を探ってもあの夕陽が
この場所であったかどうかは定かじゃないし
海水浴場ではないから
きっと違うのかも知れない
それほどに長い40年という歳月。
それでも少年時代のあの日に観たあの景色と
全く同じだなぁと目の前の夕陽を
何やら懐かしく感じている。
そうか!そういう事か…。
キャンパーとなって以来
毎年のように夕陽キャンプを
繰り返して来たのは
あの日あの時の夕陽がずっと記憶に
刻まれていたからなんだ。
秋田、御所の台キャンプ場のこの夕陽は
まるで少年時代にタイムスリップを
したかのようにあの一人旅の
不安や心配、そして楽しさを
一瞬でフラッシュバックさせてくれた。
半世紀を生き、あと五、六年も生きれば
父の没年と同じになる。
あの時の父の年齢は
もしかすると今の私の年齢と
同じくらいだったかも知れない。
ここに足を運んだ動機は色々あったけれど
小学4年のあの一人旅は
いつも多忙で働き詰めだった
亡き父との数少ない思い出の一つ。
今ここでそれを思い出すのは
もしかするとここには父に呼ばれて
来たのかも知れないと
そんな気持ちになった。
それならばと気温の高さから
敬遠していた焚火に火を入れる。
少年時代の思い出と共に
過ごす御所の台キャンプ場の夜
あの日あの時
自ら追い詰められた気分になって行った事
余計な心配ばかりしていた事
不安に苛まれてばかりいた事、そして
皆んなが父を凄いねぇと褒めた意味
それら全てがどうしてそうだったのか
手にとるように今は分かる。
年取ったなぁ俺
今もあの時と同じように
色んな不安が頭から離れないでいるけれど
きっと時間が経てばそんな心配事が
全くの杞憂だったと思える日が
必ず来るのだろう。
少年時代のあの心配事や不安が
今では全て消化できているようにね。
素晴らしい夕陽に様々な記憶が蘇るキャンプ
私の人生にキャンプがあって
本当に良かった。
それがキャンプ
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Source: 今日もどこかで野遊びを…
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